『かけがえのない人』
新緑の芽吹きに思うことがあったのでブログを書く。
嘘です。
僕にそんな自然から真理を読み取る術なんてないっすw
僕は今日それこそが大切なのだと思って、ある考えを大事な友達の一人に伝えた。
その大切な考えが、その伝える寸前まで僕が受け入れられていなかった詩から影響を受けていたから。
それは僕にとって衝撃的な瞬間だったのだ。
以上、前置きっす。
この4月の始め、facebookで共有した、ある詩がある。
もう一度、ブログでも共有します。
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題名『かけがえのない人』
サクソン・ホワイト・ケッシンジャー作
自分は偉いと思う時がある
エゴが大きく咲き誇る時がある
自分が部屋中で一番賢いのは
当然と思う時がある
自分がいなくなった後、誰もその穴を
埋められないと思う時がある
こんな簡単なことをするだけで
どれだけ謙虚になれるだろう
バケツに水を一杯にして
片手を手首まで水につける
手を水から抜いた時の穴の大きさが
あなたが抜けた後の穴の大きさ
手を水に入れる時、思い切り水飛沫を飛ばしても
渦巻きになるまでかき回してもいい
でも手を止めれば
たちまちバケツの水は元のまま
この風変わりなお話の教訓は
とにかく最善を尽くし
自分に自信をもて
でも忘れるな
この世にかけがえのない人などいないということ」
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ここにアップしながら、僕は異を唱えていたのである。
「嘘だ。僕だってきっと、誰かの心の支えになっている。」
そう思いたかった。
でも、たとえ今、誰かから求められているとしても、それを埋めてくれる存在がきっとすぐにやってくる。
そのようなことも詩には書いてあった。
今になって受け入れることができた。
寂しいことではあるけれど、前向きに受け止めることも出来る気がしたから。
誰からも求められていない、いなくなったとしても変わらず世界は回る、そんな存在であっても、
僕たちはお互いを好きになれるし、愛することができる。
それが無条件の愛なんだと思うし、本当の友情というのはそういうものだと思ったから。
僕はそれをその友達に伝えた。
もう一つ、思ったことがあった。
僕は誰からも求められてはいない。
いてもいなくても、この世界がずっと続くことに変わりはない。
そうだというのなら、例えば、
お互い愛を確かめ、かけがえのない人だと思い合う恋人たちはどうすればいいのだろう。
僕がいなくても君は生きていけるのか。
君がいなくても僕は生きていけるのか。
君のいない世界なんて信じたくない、想像したくない。
ここで絶望するか、覚悟が決まるかは個人の問題。
誰かから求められている、と安心すること自体には何の価値もない。
自分にあえて言い聞かせようと思う。
"僕は誰かにとってのかけがえのない人にはなれない。"
"僕がこの世界から消えたとき、世界はひとつも変わらない"
そして僕は何を感じたのか。
それでもいいと思えることが僕が本当に一生を愛を注ぐべき人だし、一生をかけてやるべきことだと思ったわけ。
"とにかく最善を尽くし
自分に自信をもて"
僕はいつも僕のために文章を書く。
2012.5.8